採血でわかる心臓の負担:NT-proBNPとBNP
はじめに
「心不全の採血をしましょう」と言われて、BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド、ビーエヌピー)やNT-proBNPという採血項目を初めて耳にした方も多いのではないでしょうか?
これらは、“心臓へのストレス”を数値化するマーカーです。血液中の値を測ることで、心不全が隠れていないか、あるいはすでに診断されている方の重症度を把握する手がかりになります。
BNPとNT-proBNPは、心筋が強い負荷を受けたときに分泌されるホルモンで、心不全のマーカーとして使われています。心臓が内側から高い圧力にさらされると、これらの値は血液中で上昇します。BNPには血管を広げて尿を増やし心臓の負担を軽くする作用があり、負荷が大きいほど数値も高くなります。「心臓にかかる負担が増えている」=「心不全の兆候があるかも」というサインを捉えるために、血液検査でその濃度を測定します。このため、BNP/NT-proBNPの採血検査は心臓の負担を調べる有力な手がかりとなり、実際に心不全の診断や重症度の評価、将来の見通し予測に広く推奨されています。
BNPとNT-proBNPの違い
項目 | 特徴 |
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BNP | 生理活性があり、半減期が短い。急性の心臓ストレスに敏感だが、その分検体採取後の取り扱いに注意が必要。 |
NT-proBNP | 生理活性はないが、安定性が高く検査に向いている。腎機能が低下すると腎排泄が遅くなり、値が高くなるので注意が必要。 |
当院では、NT-proBNPを中心に測定しています。これは日本循環器学会の急性・慢性心不全診療ガイドラインにおいても推奨されている項目です。
心不全とは?
「心不全」は心臓そのものの病名ではありませんが、『心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気』と定義されています。簡単に言うと、心臓が血液を全身に送り出す力(ポンプ機能)が低下し、肺や体の末端に血液や水分がたまりやすくなる状態です。主な症状には、日常生活の中で現れる運動時の息切れや全身の疲れやすさ、足や足首のむくみなどがあります。初期のサインとしては、これまでできていた動作が急にきつく感じる、少し歩くだけで「ゼーゼー」息が切れるといった変化があります。また、むくみは足の甲やすねなどに見られ、指で押すとへこみが残る特徴があります。その他、理由もなくだるさが続く、咳が出る、食欲が落ちるといった症状も見逃せない危険サインです。これらの症状は加齢や他の病気と間違われやすいです。
BNP/NT-proBNPの基準値
BNP/NT-proBNPの値には「正常値(基準値)」や心不全の可能性を示すカットオフ値があります。例えば、日本心不全学会のステートメントでは、一般的な正常値としてBNP ≤ 18.4pg/mL、NT-proBNP ≤ 55pg/mLと示されています。これらの値を下回る場合、隠れた心不全の可能性は非常に低いと考えられます。一方、心不全を疑う目安として、BNP ≧ 35pg/mLあるいはNT-proBNP ≧ 125pg/mLというカットオフ値がガイドラインで用いられています。かつてはBNP≧100pg/mL(NT-proBNP≧400pg/mL)以上を一つの診断基準とする考え方が多かったのですが、最近の国際的な定義ではこれをBNP ≧ 35pg/mLあるいはNT-proBNP ≧ 125pg/mLに引き下げています。さらに詳しくは、心不全の可能性の段階によって範囲が区分されており、たとえば「前心不全(症状は軽いか無症状)」ではBNP 35~100pg/mL、NT-proBNP 125~300pg/mL程度とされ、BNP ≧100、NT-proBNP ≧300を超えると心不全の可能性が高いと判断されます。年齢や腎機能でも値は変わるため、検査の結果は医師が総合的に判断しています。
心不全診療での役割
BNP/NT-proBNPは心不全診療で非常によく使われます。具体的には、
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診断の補助: 息切れやむくみの原因がはっきりしないとき、高いBNP/NT-proBNP値は心不全がかなり考えられます。
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重症度・予後評価: 値が高いほど心臓への負担が大きく、将来の転帰が不良(病状が進行しやすい)であることが多いです。心不全学会も「BNP/NT-proBNPは心負荷や遠隔期の予後を反映する重要な項目」と位置づけています。たとえば、急性心不全の入院患者では、退院時にBNP/NT-proBNPが入院時より30%以上低下していれば、退院後の予後が良好であることが報告されています。逆に退院時点で値が高いままだと再び入院するリスクが上がります。
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治療効果の確認: 治療開始後に値が下がっていれば治療が奏功しているサインです。逆に、適切な治療でもBNP/NT-proBNPが高止まりするときは治療の強化や生活習慣の見直しが必要な場合があります。
さいごに
当院では、心不全の症状のある方や症状は少なくても心不全の可能性がある方、浮腫があるかた、血圧コントロールが悪いかたなどさまざまなシチュエーションでNT-proBNPの採血の必要性を考慮しています。
心不全の診断は、今回ご紹介したマーカー以外にも、症状、心電図、レントゲン、心エコーなどさまざまな診察や検査で総合的に診断し、治療へつなげていくことが大切と考えています。
BNP/NT-proBNP について詳しく聞きたいかた、採血で取る必要性があるのかどうかわからない方などいらっしゃいましたら、是非相談して下さい。